最近,実証分析の事例で「早生まれの人が損してる」系の話を聞いたのでメモ。
早生まれとは
「早生まれ」の人というのは,「1月1日から4月1日までの間に誕生日がある人」のこと。
早生まれの人は前年の4月2日以降に生まれた人と同じ学年に組み込まれ,同年生まれの人と比べて学年が1年早いため早生まれと呼ばれるようです*1。
もう少し学術的な(論文で使われるような)用語で言えば,同じ学年での実年齢の違いは「相対年齢」と呼ぶようです。早生まれの人は相対年齢が低いということになります。
早生まれのデメリット
早生まれの人の何が大変そうなのかというと,「前年生まれの(数ヶ月~1年近く年上の)人と同じ学年に入って能力を比較されること」です。
とくに4月1日生まれの人と4月2日生まれの人では約1年の差があるにも関わらず同学年として比べられることになります。
この問題については「月齢の差は歳を重ねるごとに縮まっていくから問題ないはず」という仮説で反論されるわけですが,
一方で「差は縮まらないんじゃないか」という実証分析の結果があるようです。
今回はそうした実証分析についてリストアップしていきます。
身体能力の差
【日本の議論】「早生まれ」やはり不利!運動能力「遅生まれ」が優れている、野球・サッカーも…奈良女子大が科学で裏付け(1/5ページ) - 産経WEST
奈良女子大の中田大貴准教授の研究を元にしているこの記事では,子どもでも身体能力に差はあり,その結果としてプロになる人にも差が出ている可能性が示唆されています。
① 子供時代の差
男子では生まれ月による差がみられるようです。
一般の児童・生徒でも生まれ月によって運動能力に差があるかを明らかにするため、奈良県内の小学1年~中学3年の男女3610人が昨年行った体力測定の結果を分析。学年、男女別に4~9月生まれを「前期」、10~3月を「後期」として、身体的特性と体力測定の相対的年齢効果を調べた。
その結果、男子は小学1年~中学3年の全学年で、前期の方が後期より身長、体重や握力などの身体特性と運動能力の数値が高かった。特に小学5年以降は差が顕著で、中学2年男子の場合は平均身長に4・6センチ、体重には3・3キロの差が。体力測定では、立ち幅跳びで14センチ、握力で4・2キロ、50メートル走で0・4秒もの差があった。
ただし,女子は差が見られなかった
一方、女子では小学1~4年では男子と同様の傾向となったが、小学5年~中学3年ではほとんど差がなかった。中田准教授は「詳しい原因は不明」としつつ、(1)生まれ月の差より、第二次性徴期の発生が身体成長に与える影響が大きい可能性がある(2)運動を好む女子、好まない女子の運動量の差が、身体能力に影響を与えている可能性がある-と2つの仮説を提示。「初潮の時期などのデータがあれば、明確な理由が分かるかもしれない」としている。
② プロになる人の差
4~6月生まれのJリーグ選手は全体の34・7%で、プロ野球選手も32・8%。一方、1~3月の「早生まれ」選手はJリーグで14・6%、プロ野球も14・2%にとどまっている。
ただし,元の論文*2に目を通したところ,全てのスポーツ種目で相対年齢効果(早生まれで損すること)が見られるわけではないとのこと。
また,競馬は早生まれが有利になるスポーツらしいです。
芥川賞・直木賞受賞者には早生まれが多いという話も同じ記事に載っていました。
学力の差 → 学歴・年収の差
「4月生まれ有利」「翌3月生まれ不利」は本当か | 経済学で読み解く現代社会のリアル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
慶応大の中室牧子准教授のこの記事によれば,
日本のデータを用いて行われた他の研究では、相対年齢による格差は、学力にとどまらず、進学、最終学歴、賃金など、人生における長期的な成果にまで影響していることを示している[4][5]。
学力に対する相対年齢効果は、特に学力の低い子どもの間や保護者の社会経済的な環境が教育が困難な子どもの間で顕著であることを示す研究もある[4][6]。
とのこと。
相対年齢が低い(早生まれ) → 相対的な学力が低い → 最終学歴が低い → 賃金が低い
という負の連鎖が起きやすいようです。
なお,挙げている参考文献は次のものでした。
- [4] 川口大司, & 森啓明. (2007). 誕生日と学業成績・最終学歴. 日本労働研究雑誌, 569(12), 29-42.
- [5] Kawaguchi, D. (2011). Actual age at school entry, educational outcomes, and earnings. Journal of the Japanese and International Economies, 25(2), 64-80.
- [6] Crawford, C., Dearden, L., & Greaves, E. (2014). The drivers of month-of birth differences in children's cognitive and non-cognitive skills. Journal of the Royal Statistical Society: Series A (Statistics in Society), 177(4), 829-860.
自殺率の差
15~25歳の日本人の自殺率と生年月日の関係を調べた
によれば,4月1日生まれと4月2日生まれの閾値の前後では自殺率が0.02ほど異なるとのこと。
上の図で視覚的にもわかるように,4月1日を境にジャンプがあります(本文ではRD推定もしています)。
この差が何によるものか?と解釈する際に上記の「身体能力(スポーツの成績)の差」や「学力の差」「最終学歴の差」「賃金の差」で考えていくなら,「早生まれの人も遅生まれの人も一律に同学年として扱っている現行制度」が自殺率にも繋がっているんじゃないか,という話になってきます。
言い換えると,この制度を変えればこの問題を解決できるんじゃないか,という仮説になります。
どうすればいいのか
中室氏の記事では,諸外国では相対年齢効果を抑えるための制度を用意しているようで,そうした国での実証分析結果では「相対年齢効果は歳を重ねていくにつれ縮小する」という仮説が成り立っているようです。
1990年代後半から2000年代初にかけて行われた教育心理学の研究蓄積を見ると、学力に対する生まれ月の影響は、幼児期や小学校の低学年では大きいものの、その格差は徐々に縮小し、小学校の高学年には消滅するという結論のものが多い(詳しくはStipek, 2002のサーベイが詳しい[2])。
もしこれが正しいのなら、相対年齢による格差は自然と消滅するので、さほど重要な問題ではないということになる。
ところが、この解釈には慎重になる必要がある。
なぜなら、学力に対する生まれ月の影響が観察されているほとんどの先進諸国では、幼稚園や小学校の入学時期を1年遅らせるという選択をすることが可能な制度があるからだ。
また
いくつかの国では、早生まれの子どもたちを対象に補習をしたり、生まれ月によってクラス分けをしたり、スポーツにおいてはゼッケンや背番号を生まれ月にしたりするなどの取り組みを行っている。
こうした取り組みは日本でも参考になるだろう。
とも述べられています。
日本はこの分野については制度の整備が遅れている後進国のようなので,先進諸国の良さそうな制度をうまいこといいとこ取りしてほしいものです。
(追記・おまけ)アメリカの場合
econgradさんのコメントを頂くまで忘れていましたが,Angrist and Krueger (1991)の研究でも生まれた時期と教育年数・賃金の関係を分析しており,生まれた四半期の差が教育年数に与える影響を利用して操作変数法(のWald推定)によって教育年数が学歴に与える影響を推定しています。
この研究も非常に面白いのでここに概要をメモしておきます。(ただし日本の早生まれ問題とは制度が異なるのでおまけとしました。)
この研究では,アメリカの次のような制度を利用しているそうです:
- 6歳の暦年(12月31日を区切り)に義務教育課程が始まる
- 第4四半期に誕生日がある人(≒遅生まれの人)は6歳になる前の9月に入学する
- 第1四半期に誕生日がある人(≒早生まれの人)は入学時に6歳半くらいになっている
- (ここでいう「早生まれ」は「同学年内で年少」という意味ではなく「1月1日~4月1日に誕生日がある人」の意。前者の意味で考えると第4四半期が早生まれになる)
- 16歳の誕生日を迎えると義務教育課程が終了する
- 第1四半期に誕生日がある人(≒早生まれの人)は義務教育期間が短くなる
教育年数と賃金の両方とも第1四半期が低くなり第4四半期が高くなる傾向があることがグラフからわかります。
生まれた四半期の違いが直接賃金に大きな影響を与えるとは考えにくいので,「生まれた四半期」は「教育年数」だけに影響を与えていると考えられ,そこから「教育年数」が「賃金」に与える影響を操作変数法で推定できます。
その結果が以下の表です。やはり教育年数は将来の賃金に影響を与えているようです。
ただ,この研究は1991年ですので,現在のアメリカではこの問題への対策がとられているのではないかと思います(中室氏の記事によればアメリカにはAcademic Redshirtingという制度があるそうなので)。
なお元の論文はこちら:
- Angrist, J. D., & Krueger, A. B. (1991). Does compulsory school attendance affect schooling and earnings?. The Quarterly Journal of Economics, 106(4), 979-1014.
- Angrist, J. D., & Imbens, G. W. (1995). Two-stage least squares estimation of average causal effects in models with variable treatment intensity. Journal of the American statistical Association, 90(430), 431-442.