- 作者: 野家啓一
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2015/03/10
- メディア: 文庫
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諸学問について全体的に興味を持っていたため,「科学」を知ることができそうなこの本を買いました。
この本は,序盤に
- 「科学とはなにか」という問いに答えるには,哲学だけでなく,歴史学や社会学も含めた多面的な考察が要求される
- ゆえに本書では,(1)科学史,(2)科学哲学,(3)科学社会学,の三本を柱とした広い意味での科学論を述べる
といったことが書かれており,実際にこれら(1)~(3)の構成になっているため,自分が学ぶ上でも3つに分けていきます。
今回は,科学史について,この本やインターネット上の資料を基にメモしていきます。
古代――アリストテレス的自然観
コスモロジー
古代天文学
古代の天文学理論(セントラル・ドグマ)
- 天上と地上の根本的区別
- 天体の動力としての天球の存在
- 星が回転するのではなく,天球(透明な球殻)が回転し,天球に付着する星も地球の周りを回る
- 天体の自然運動としての一様な円運動
セントラル・ドグマでは説明できない「変則事象」
古代天文学の難問(アポリア)(上記の2つの問題)への取り組み
- エウドクソスの「同心天球説」:異なる角度の回転軸を持つ複数個の天球
- しかし,天球なので「地球と惑星の距離が変化している」ということを説明できない
古代自然学の運動論
- 自然学の中核は運動論
- 古代ギリシアの「運動(キネーシス)」とは,石の落下から植物の生長までを含む広範な概念
- 「可能態(デュナミス)」から「現実態(エネルゲイア)」への移行と捉えられた
- 例えば,種子(可能態)が樹木(現実態)になる,というように,可能性の実現として考える
古代運動論のセントラル・ドグマ
自然運動の原因は自然的傾向
- アルケー(根源物質)である四元素(地・水・火・風)は本来あるべき「自然な場所(natural place)」があり,そこに向かう自然的傾向がある
- 地上界の中で,上から火>風>水>地の順になっている。火が月の天球近くで,地は地球の中心
- 地上の物体の自然運動は,自然な場所に戻ろうとする「自然的傾向」によって生ずるものである。物体の自発的運動であり,可能性が現実化される過程である。
- アルケー(根源物質)である四元素(地・水・火・風)は本来あるべき「自然な場所(natural place)」があり,そこに向かう自然的傾向がある
強制運動の原因(外部からの力)は接触による近接作用(押す・引く)
物体の速度は動力に比例し,媒質の抵抗に反比例する
- 重さの違う物体を落下させた場合,重いほうが外力が強いため,重い物体ほど早くなる
セントラル・ドグマでは説明できない「変則事象」
投射運動:投射された物体が直接的な接触作用を離れても運動を続ける現象を説明できない
- この問題への古代運動論の答え:
- プラトンの「まわり押し理論」:投射されたボールは周りの空気を押し分けながら進み,ボールが進んだ後ろの空気は希薄になるため,「自然は真空を嫌う」ことから押し分けられた空気が真空状態になった場所に急激に回り込むため,その動力がボールを更に前へ進める。(空気が直接的な近接作用を与えるためボールは飛び続ける)
- この問題への古代運動論の答え:
落体運動の加速度:自由落下において物体の速度が次第に増していく現象
- アリストテレスによれば,「落体の速度は重さ(動力)に比例する」ため落下速度は一定になるはずだが,現実はそうならない
- この問題への古代運動論の答え:
- 物体が落下するにつれて,それに抵抗する空気の層が薄くなるのだから,抵抗が減少するにつれて落下速度が増加する。
- 故郷に近づくと足取りが軽くなるように,物体も自分の自然な場所が近づくにつれて,自然的傾向が強まって速度を増す。
中世――古代知識の断絶と復活
- 古代と中世には断絶がある。
- 古代ギリシアの自然哲学の知見は中世ヨーロッパに引き継がれなかった。
ギリシア科学はビザンティンを通してアラビア世界に伝えられ,そこで独自の発展を遂げた。
- アラビアからヨーロッパに逆輸入されるのは12世紀になってから(「十二世紀ルネサンス」)
運動論は中世にピュリダンの「インペトゥス(impetus,勢い)理論」により前進を見せるが,変則事象を含めたアポリアの最終的解決は,ガリレオやニュートンを待たなければならない
復活した古代ギリシアのコスモロジーは,中世ヨーロッパのキリスト教的世界観とは相容れない部分もあり,一時はアリストテレスの著作が教会の禁書目録に載せられるほどだった
近世――科学革命
科学革命(1) 天文学
- 古代の天文学理論(セントラル・ドグマ)(再掲)
- 天上と地上の区別
- 天球の存在
- 一様な円運動
コペルニクス
ケプラー
科学革命(2) 物理学・運動論と自然の数学化
「宇宙という書物は数学の言葉で書かれている」
- 中世にピュリダンの「インペトゥス(impetus,勢い)理論」が運動論を前進させたが,インペトゥス理論もアリストテレス的存在論を前提としている過渡的理論であり,真の意味で近代力学の礎を築いたのはガリレオである
- ガリレオは運動論の革新を成し遂げただけでなく,自然観を質的なものから量的なものへと変えた。
- 「宇宙という書物は数学の言葉で書かれている」というようなことを『偽金鑑識官』(1623年)で述べている。
- この言葉は近代科学の方法論的マニフェストとでも言うべきもの。
ガリレオの運動論:物体の運動を数量的に定式化
ピサの斜塔の実験
落体の法則
- ガリレオは物体の落下に関して,上記の論証だけでなく実験も行い(近代の実験科学の成立),落体の法則を発見した。
- 第一法則:真空中ではすべての物体は同じ速度で落下する
- 第二法則:自由落下する物体の落下速度は落下時間に比例し,落下距離は落下時間の二乗に比例する
慣性の法則:すべての物体は外力が働かない限り,静止または等速直線運動を続ける
- (現実には空気抵抗や摩擦があるため,等速直線運動を続けることはなく最終的には停止する)
→ 古代運動論のドグマ (1)「自然運動の原因は,自然な場所に戻ろうとする自然的傾向によるもの」は無用の概念となった
→ 物体を「四元素の性質」など「質的」な説明を行う時代から「量的」な説明を行なう時代に転換した - 投射運動も慣性の原理と落体の法則で説明できるため,古代運動論のアポリア(未解決だった難問)は解決された
- (現実には空気抵抗や摩擦があるため,等速直線運動を続けることはなく最終的には停止する)
ニュートン『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』
- ニュートンは数学的自然科学の体系を完成させた
『プリンキピア』ではユークリッドの『原論』に倣って,初めに定義と公理を掲げ,そららを基礎命題として定理(命題)を証明していくというスタイルをとっている
第一遍「物体の運動について」の命題11において,「楕円軌道上を回転する物体が楕円の焦点へ向かう求心力(引力)は距離の二乗に反比例する」(逆二乗の法則)と述べた
- 逆二乗の法則によって,ケプラーの第一法則と第二法則が導出可能であることが示されている
- その後,あらゆる物体に引力があることを述べ,「万有引力」を主張
- 天上と地上が同じ物理法則に支配されていることを示した
(リンゴが地に落ちるのも,月が地球に向かって引き寄せられた結果回転運動になるのも,同じく引力によるもの)
→ 古代天文学のドグマ「天地の区別」を打破 - 引力という遠隔作用によって物体の強制運動が起こることを示した → 古代運動論のドグマ「強制運動の原因は接触による近接作用」を打破
- プリンキピアの解説をするサイトもあるらしい: 楕円軌道の発見と万有引力の法則(「プリンキピア」の説明)
- 天上と地上が同じ物理法則に支配されていることを示した
ここまでのまとめ
ざっくり絵にまとめるとわかりやすいかも,と思って自分用に作成したポンチ絵があるので載せます
もっと詳しい話
このあたりの話は古典力学という領域に属するらしく,講義ノートを検索してみるとこのあたりの詳しい話を読むことができます。
例えば高知大学の津江保彦氏の「物理学概論Ⅰ」は序盤の方でケプラー,ガリレオ,ニュートンが発見した法則を概説しています。
科学革命(3) 機械論的自然観
- 科学革命の背景にあって近代科学の成立を促したのは,自然観の根本的転回
- 古代・中世のアリストテレス的自然観は,宇宙全体を一つの有機体ないし生命体になぞらえるという点で「有機体的自然観」と呼ぶことができる
科学革命によって「有機体的自然観」から「機械論的自然観」に転換した
古代のアリストテレス的自然観
- 古代ギリシャの「運動」概念は,「可能態」から「現実態」への移行であり,広範な概念であり,種子から樹木への成長で例えることができるようなもの
- 「等しきものをもって等しきものを知る」というアナロジー(類比)の方法を使う
- → 運動など自然現象について考える際に有機体(生き物)をモデルにするのは当然
- アリストテレスの「質料形相論(hylēmorphismus)」:あらゆる個物は「質料(hyle)」と「形相(eidos)」が合成されたもの
- 質料:無規定な素材・材料(=可能態)
- 形相:材料を限定する「かたち」(=現実態)
- あらゆる運動(自然現象)は可能体としての質料が現実態としての形相を目指すことで生じる,という考え。
- 中世のスコラ哲学
- アリストテレス的自然観を基本的に継承した上で,形相を事物の本質的性質(nature)を現すもの(「実体形相」)と偶然的性質を現すもの(「付帯的形相」)に分けた
- 実体形相が質料と結合すると実体が生成され,分離すると消滅する,と考えた
- 例えば人間なら,体が質料で,霊魂が実体形相
- 物体も,人間における霊魂のように,それをそのものたらしめている「実体形相」が宿っており,それによって物体の運動が引き起こされたり,性質の変化が生じると考えた
デカルトの「物心二元論」
『省察』の構成
- 方法的懐疑
- 知識の確実な基盤を探求するため,既存のあらゆる知識を疑い,否定した
- →「我思う,故に我あり(cogito ergo sum)」:疑っている私の存在だけは否定できない
- 存在するために身体や空間的場所を必要とせず,「思惟する(疑う)」という活動のみで存在を保証されている「私」のあり方は「精神」
- 「精神」は,その存在をいっさいの物質的なものに依存しない「思惟実体」である
- 神の存在証明
- 神が最も完全な存在者であり,欺瞞者ではない → 観念の客観的実在性(ひいては外的世界の存在)の確保
- 「物体」の本性を確認
- 例えば,蜜蝋は常温では硬いが,加熱すれば液体となる → 抽象化すると残るのは「延長を持ち,柔軟で,変化しやすいあるもの」
- 「物体」の本性は「延長」であり,生命的なものや精神的なものを含まない「延長実体」である(「物心分離」)
- 方法的懐疑
-
- 「物体」と「精神」はその本性が明確に異なる2種類の実体(他のものに依存せずそれ自体として存在するもの)
- 世界は「物」と「心」という2つの実体からなる(物心二元論)
心身問題(mind-body problem)
- 物心二元論では,精神(思惟実体)と身体(延長実体)はそれぞれ独立した実体
- しかし,人間は肉体が損傷すれば痛みがストレスになり精神に影響を与えるし,精神的ストレスが胃腸の障害を引き起こすこともある。
→ 「心身結合」の事実はどのように説明されるべきなのか。 心身問題は,自然界から「心」や「感覚的性質」を排除し,現象を物体の機械的メカニズムによって説明しようとした科学的自然観が抱え込んだアポリア(哲学的難題)
近代――第二次科学革命
科学の制度
近代科学は17世紀の科学革命を通じて方法論が確立され,「知的制度」が整った。
科学知識が蓄えられ,後世に引き継がれるためには,「知的制度」が「社会制度」に組み込まれる必要があった
- アリストテレスは「リュケイオン」という学園を創設
- 「ユニバーシティ」の名を冠した高等教育機関が成立したのは中世後期の12~13世紀ごろ
リベラルアーツと機械技術
機械技術(mechanical arts)
「百科全書派」
高等教育機関への機械技術の導入
第二次科学革命:科学の制度化
- 19世紀ヨーロッパにおいて,「第二次科学革命」あるいは「科学の制度化」と呼ばれる出来事が起こった
- 科学者(scientist)と呼ばれる人が一つの社会階層として出現した
- これ以前の科学研究は,専門的職業として行うものではなく,貴族や聖職者によって担われていた
- 19世紀の半ばには,理工系の高等教育機関がヨーロッパ各地に建てられ,産業界でも企業内研究所を設立し始めた
- 大学の改革も起こった:自然科学も取り入れ始めた
- 「学会」も登場
現代――「科学の危機」からの脱出
科学の危機(1) 数学の危機
- 「数学の危機」を経て現代数学へと進化した
非ユークリッド幾何学の発見と形式主義
- 非ユークリッド幾何学:ユークリッドが『原論』で置いた「平行線公準」が成立しない世界における幾何学
- 当初,非ユークリッド幾何学は論理的可能性として存在する想像上の幾何学と考えられており,現実の三次元空間を記述するのはユークリッド幾何学だけだと考えられていた
- ヒルベルト『幾何学の基礎』は,非ユークリッド幾何学とユークリッド幾何学は同様に妥当な幾何学であることを明らかにした
ラッセルのパラドックスと公理的集合論
- 集合論で矛盾が発見された
-
- すべての集合のうち,「自分自身を(要素として)含まない集合」をすべて集めた集合 を考える
- (Rが自分自身を含む)を仮定すると,定義よりとなる(「自分自身を含まない集合」の集合がRであるため,RはRの要素ではない)
- (Rは自分自身を含まない)を仮定すると,定義よりとなる(「自分自身を含まない集合」の集合がRであるため,RはRの要素)
参考
科学の危機(2) 物理学の危機
- 物理学の危機:ニュートン力学など古典物理学の限界が明らかになり,現代物理学(相対性理論,量子力学)が誕生した事態
- 古典物理学をベースとした「力学的自然観」で解決できない難問
- 光の速度が一定であること
- 熱現象を支配しているエネルギーの均等分配の法則の妥当性が疑われた
- 当時は原子や分子が力学法則に従うことを前提に気体の力学的理論を構築しており,エネルギーの均等分配の法則に行き着いた。
- しかし,実験結果によって,熱現象を支配しているエネルギーの均等分配の法則の妥当性が疑われた
アインシュタインの「相対性理論」
- 相対性原理:物理法則は一定の速度で相対運動するすべての慣性系に対して同じ形をとる
- 光速度不変の原理:光はどのような慣性系でも真空中を一定の速度で進む
M. プランクの「量子仮説」
- 古典力学:エネルギーなどの物理量は連続量と考える
- 量子仮説:エネルギーなどの物理量は離散量と考える
- 「エネルギーには最小単位があり,エネルギーはその最小単位の整数倍の値しかとらない」という仮説
- 量子仮説によって上述の「2. エネルギーの均等分配の法則の妥当性が疑われた」が解決
参考
参考文献のまとめ。