- 作者: 伊神満
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2018/05/24
- メディア: 単行本
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を読みました。
一般向けの経済学の書籍の中ではトップクラスに面白い部類の本だと思います。
この本はどういう本なのか?
- 経営学者クリステンセンのベストセラー『イノベーションのジレンマ』(原題:The Innovator’s Dilemma)と同様の問いに対して,経済学の理論と計量経済学の実証分析を用いて,定量的に分析し,経済学者の視点から「補強」を試みた本(筆者の研究を一般向けに噛み砕いた本)
- 『イノベーションのジレンマ』:「一時はトップの座にいた企業が技術革新に対応できず,その地位を失ってしまうのはなぜなのか」という問いに対して,業界関係者へのインタビューや業界レポートの読み込みといった質的な調査に基づく分析を行った
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)
- 作者: クレイトン・クリステンセン,玉田俊平太,伊豆原弓
- 出版社/メーカー: 翔泳社
- 発売日: 2001/07/01
- メディア: 単行本
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この研究は経済学のどのへんに位置するモノなのか?
- 経済学上のジャンル → 産業組織論
- 産業組織論 :ミクロ経済学を産業の分析に応用する学問領域
- 使われている実証分析のジャンル→ 構造推定
- 構造推定 :①分析対象を説明する経済学のモデル(理論)を定め(構造化),②現実のデータが経済モデルに従っていると仮定して経済モデルのパラメータを推定することにより,経済の構造を推定する手法。
- 構造推定と対になる分析のジャンルが自然実験アプローチ(誘導型推定)
- 自然実験アプローチ(誘導型) :ランダム化比較試験や自然実験・疑似実験などの実験的なアプローチによって実証分析を行う。
- 昨年に出た一般向けの経済学の本『原因と結果の経済学』や『データ分析の力』は実験アプローチです。同じ「経済学」でも,構造推定のほうがより経済学っぽくデータ分析を行います(経済モデルを作るため)
- 作者: 中室牧子,津川友介
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2017/02/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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- 作者: 伊藤公一朗
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2017/04/18
- メディア: 新書
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この本のあらすじ
この本は以下のような構成になっています。
- イノベーションのジレンマを説明する3つの理論(共喰い,抜け駆け,能力格差)について説明する
- それらの理論に基づいて実証分析(構造推定)を行う
(理論に基づいて企業の利潤関数などの経済モデルを作り,経済モデルのパラメータを推定する) - 推定結果からシミュレーションなどを行い,政策について議論する
以下で理論の概要と推定までの大まかな流れ(上記の3つのうち,1および2の途中まで)をご紹介します。
1. 理論
① 共喰い(Cannibalization)
共喰い(置換効果):当該市場にすでに製品を投入している「既存企業」が新商品を市場に投入した際,既存の自社商品と市場を共喰い(競合)してしまうこと。
- 共喰い現象は,既存企業の技術革新を抑制する方向に影響する
共喰いの度合いは,その財の代替性による。
例:カメラのフィルムを世界で初めて発売してフィルム業界の大手だったコダック社は,デジタルカメラを世界で初めて開発したものの,デジタルカメラを普及させるとフィルム事業を喰ってしまうため,デジタルカメラ事業に力を入れなかった。その後,時代はデジタルカメラに移行し,コダックは2012年に破産
② 抜け駆け(Preemption)
抜け駆け(競争効果):(市場で優位に立っている)既存企業は,新参企業の参入により失うものが大きいため,独占的地位を守ろうとする
- 例
- (架空例)ある企業が,ある市場を独占しており,1000億円の売上高を得ているとする。そこに新参企業が参入しようとしており,もし参入されると価格が半分,シェアも半分になるとする。参入されると売上が250億円まで減ることが予想されるため,この独占企業(既存企業)にとっては,新参企業の参入を阻止することは750億円以内の予算を使う価値がある。これが抜け駆けの誘因。
- (実際の例)InstagramがSNS市場に参入して急成長していた2012年に,SNS大手のFacebookはInstagramを10億ドルで買収した。当時のInstagramは社員13名で売上高0であり,企業価値は5億ドルと見積もられていた。その中でFacebookは相場の2倍の額を払ったわけだが,Instagramの価値だけでなく「Facebookの競合を無くす」という部分も評価していたと考えれば合理的な判断。FacebookはWhatsAppなど他の新参企業も買収を行っている。MicrosoftやGoogleも頻繁に買収を行っている。
- (架空例)ある企業が,ある市場を独占しており,1000億円の売上高を得ているとする。そこに新参企業が参入しようとしており,もし参入されると価格が半分,シェアも半分になるとする。参入されると売上が250億円まで減ることが予想されるため,この独占企業(既存企業)にとっては,新参企業の参入を阻止することは750億円以内の予算を使う価値がある。これが抜け駆けの誘因。
③ 能力格差
- 既存企業には技術革新を抑制するインセンティブも,促進するインセンティブもあることがわかった
- 既存企業は技術革新を果たすだけの能力が無かったのだろうか?
- 既存企業の弱点(=大企業病):①惰性・組織変革の難しさ,②経営陣が過去の成功体験に引きずられる, ③組織の末端にある「現場のリアルな情報」は組織のトップに届かない
- 既存企業の強み:①資金,②人材,③技術,④信用,⑤ブランド
- 既存企業には長所も短所もあり,新参企業に比べて技術革新を行う能力があるかどうかは一概には言えない → 実証分析で明らかにする
2. 実証分析
- イノベーションについて直接観測するのは不可能
- 理論という「補助線」を使ってデータを分析する(構造推定)
- クリステンセンと同様に,1981~1998年のHDD業界を分析対象とする
実証分析の手順
Step1:共喰いの度合いを測る――需要サイド(需要関数)の推計
- 共喰いの度合いを測る = 需要の代替性を測る = 需要の交差弾力性を測る
- 需要の交差弾力性:「競合製品が1%値下げした時に,自製品の売上数量が何%減るか」の指標。「新製品を値下げしたときに,旧製品の売上数量がどのくらい減るか」を表現できる
- 需要の交差弾力性(=数量と価格の因果関係)をどのように測るか?
- 数量と価格の回帰分析(OLS:通常最小二乗法)では,相関関係しか計測できない
- そこで,計量経済学における操作変数法を用いて因果関係を計測する
- 操作変数法:「内生性(誤差項との相関)をもつ説明変数Xの決定要因でありながら,回帰モデルの誤差項とは相関しない変数」である操作変数(Instrumental Variable : IV)を用いて,内生性バイアスのない(正しい)推定を行う手法
Step2:抜け駆けの原因を測る――供給サイド(利潤関数)の推計
- 抜け駆けの誘因がどの程度あるのかを測るため,利潤関数を推計したい。
- 今回扱う問題は,競争相手の出方によって自分の利益も変わってくる「戦略的状況」ないし「不完全競争」
- 不完全競争を扱うミクロ経済学の理論にはベルトラン・モデル(完全代替財の純粋な価格競争)とクールノー・モデル(代替性が低い「差別化財」の競争)がある
- 今回はクールノー・モデルのほうが現実にあてはまるため,クールノー・モデルを使用する
Step3:能力格差を測る――投資コスト(埋没費用)の推計
おわりに
この本の最後の方では,推定した経済モデルを使ってシミュレーションを行い,「理想的な(社会にとって望ましい)イノベーション促進政策はどういうものか?」などの魅力的な問いに答えを出しています。
経済モデルを作って実証分析を行う「構造推定」のアプローチは,分析が置く仮定・前提が多くなる一方で,非常にリッチな情報・示唆を得ることができるのが大変魅力的ですね。